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2006年10月 3日 (火)

『長浜城と黒壁スクエア②』 ~2006年9月24日(日)~

長浜城を後にして続いて黒壁スクエアにやって来ました。

ちょうど昼も過ぎお腹が空いていたので・・・

まずはここ黒壁8号館で焼き鯖そうめんをいただきました。

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腹ごしらえをしぷらっと歩きます。

大手門通りです。

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ながはま御坊表参道をしばし歩いて見えてきたのが・・・

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< 大  通  寺 山 門 >
文化五年(1808)起工し、33年後の天保十一年(1841)落成した。総ケヤキ造りで、近世大型建築としては、県内屈指の名作である。

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< 本 堂 ・ 阿 弥 陀 堂 >

もと伏見城の殿舎であったが、大谷派本願寺が分立した際、御影堂として移されたその御影堂を承応年間(1652~1654)に当寺に移して本堂とした。

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●ひとくちメモ
慶長7年(1602)、教如上人(本願寺12世住職)は徳川家康より本願寺の分立の許可を得て大谷派本願寺(東本願寺)を興されました。これにともない長浜城の旧地に移っていた当寺は道場から無礙智山大通寺と号して発足しました。
大谷派本願寺第13世・宣如上人の長男霊瑞院宣澄が住職として入寺1639(寛叡16年)し、これを契機に当寺は彦根藩主・井伊直孝の援助を得て寺域の拡大をはかると共に、東本願寺より伏見城の遺構と伝えられる本堂や広間を譲り受け、寺観の整備を図りました。ここに当寺は真宗大谷派の別格別院として七千坪の境内を要し、名実共に当地方における信仰の要として今日に到っています。

大通寺を後にして、巨大万華鏡の看板が・・・

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しばらく歩いてJR長浜駅前へ。

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< 秀 吉 ・ 三 成 出 逢 の 像 >

そのまま駐車場まで歩き、家路に向かうことにしました。

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