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2006年10月22日 (日)

『ツインアーチ138』 ~2006年10月22日(日)~

先週に引き続いて、今回は一宮にある木曽三川公園「138タワーパーク」へ行って来ました!

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早速タワーへ・・・
料金は500円ですが、JAF会員は2割引の400円です。

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          < 公園内を一望 >
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          < 川島の観覧車 >

●ひとくちメモ
138タワーパークのメイン施設の展望タワー「ツインアーチ138」は高さの異なる2本の双曲線アーチと、中央のエレベーターシャフトが「木曽三川の雄大な流れ」を象徴しています。展望タワーの最高部の高さ一宮市にちなみ、138mを有し、アーチ式では、日本初東洋一高い施設です。地上100mの展望階とは2基の高速エレベーターにより約70秒で結びます。

続いて園内を散策です。

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コスモス畑です。

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少し頭上より撮影です!

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季節はずれの桜かな!?

↓ピンボケですいません。


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バラも咲いていました。

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朝顔も・・・

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本日のベストショットかな! 

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2006年10月16日 (月)

『木曽三川公園』 ~2006年10月15日(日)~

先週末も天気が良く絶好のドライブ日和!ってな訳で、木曽三川公園へ行って来ました。

早速、門をくぐります。

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正面に展望タワーが見えます。高さは65mです。

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噴水が見えます。

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大花壇へ向かいます。

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アップしてみました。

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キバナコスモスは満開です。
バックに見えるのは養老山地です。

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芝生広場から展望タワーを望む。

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再び展望タワーへ・・・
展望タワー入り口付近に居ます。
480円払って展望タワーへ。(JAF会員は2割引になります)

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高さ65mからの眺めです。

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  <遠くにセントラルタワーズが見えます>                <養老山地です>
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  <こちらは鈴鹿山脈・御在所方面です>                      <千本松原>

展望タワーに登って始めて分かりました。

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木曽三川公園を後にして途中でちょっと寄り道を・・・
ここ「道の駅 立田ふれあいの里」は地域の野菜など格安で販売しております。

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2006年10月14日 (土)

『総本山 醍醐寺』

     ◆世界遺産登録月:1994年(平成 6年)12月◆

【古都京都の文化財】

登録物件は、京都府京都市に点在する賀茂別雷神社、賀茂御祖神社、教王護国寺水寺醍醐寺仁和寺高山寺、西芳寺、鹿苑寺慈照寺天龍寺龍安寺、本願寺、二条城、京都府宇治市にある平等院、宇治上神社、滋賀県大津市にある延暦寺の17件。
登録地域は、17件の遺産物件とその周辺の緩衝地帯を加えた約10.6k㎡。
↑マーキングしてある所は制覇しました!順次更新していきます。

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< 総 門 >

総門をくぐると・・・
参道が続いております。
中央に「仁王門」が見えます。


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参道をしばらく進み左手にあるのが・・・
「三宝院」です。「三宝院」は醍醐寺の塔頭の一つだそうです。

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< 唐  門 >                                    < 参  道 >
伏見城から移築されたといわれています。   総門から仁王門までは桜が続く。

さらに歩いて「仁王門」前までやって来ました。

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< 仁 王 門 >
西大門。通称仁王門。慶長10年(1605年)、豊臣秀頼の再建。

仁王門を抜け右手に見えるのが・・・

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< 五 重 塔 >
平安時代建築の国宝建造物。金堂の南にある。醍醐天皇の一周忌に起工し、20年後の天暦5年(951)に完成した創建当初の唯一の遺構であり、京都府に現存する最古の木造建築物。外観のみ常時公開。

五重塔北側にあるのが・・・

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< 金 堂 >                         < 金堂から五重塔を望む >
904年創建したものは焼失。
1600年秀頼により紀州湯浅から移築されました。

金堂を後にして・・・

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< 不 動 堂 >                       < 大 講 堂 >

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< 林 泉 と 弁 天 堂 >

時間の関係でここで引き返すことになりました。

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【 醍 醐 寺 】
醍醐寺は貞観16年(874)に開山された上醍醐とそれ以降の下醍醐があり、下醍醐は延長4年(926)から伽藍が建立されていき天歴5年(951)に五重塔の落成で完成しました。慶長3年(1598)の春、太閤秀吉が催した「醍醐の花見」は有名ですが、そのとき使われた茶店が三宝院に保存されています。国宝、重要文化財の建造物がたくさんあります。

                           [ 2004年 8月 9日撮影 ]

■交通アクセス  :地下鉄東西線「醍醐駅」下車徒歩10分
■時間             :9:00~17:00
           (12月第1日曜日の翌日から2月末日まで9:00~16:00)
■拝観料          :境内自由(春・秋の特別堂内拝観600円)
                       三宝院600円 霊宝館600円 伽藍600円
■問い合わせ先 :京都市伏見区醍醐東大路町22
            総本山 醍醐寺(075-571-0002)
■ホームページ  :http://www.daigoji.or.jp/

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2006年10月 9日 (月)

『日本大正村』 ~2006年10月 8日(日)~ 

今日はぷらっと「日本大正村」へやってきました。
ここ大正村は岐阜県恵那市明智町にあって、明智光秀生誕の地だそうです。

駐車場の横にある浪漫亭!
ここは一階に売店・二階では食事ができます。

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大正路地を歩きます。

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< 大 正 路 地 >
大正時代のたたずまいを色濃く残す路地です。立ち並ぶ蔵の白と黒のコントラストが抒情的です。村役場へ抜ける石畳です。

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       < 大正の歯科医院 >                     < 大正村役場 >

正面に見えるのが絵画館(元小学校)です。

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龍護寺・八王子神社を目指します。

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●ひとくちメモ
慶長元年、時の明智城主遠山利景の建立。遠山氏の菩提寺で寺の本堂横に遠山家累代の墓所があり、明智光秀公の供養塔もある。

現在、境内整備工事を行っており光秀公墓所は本堂西へ仮安置されています。

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中へ入ります。

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本堂です。

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光秀公の・・・

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龍護寺を後にして、続いて八王子神社へ向かいます。

八王子神社は秋祭りの真っ只中でした。

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●ひとくちメモ
八王子神社は平安時代の天暦3年創建となっている。戦国時代兵火に焼かれ、延宝4年に造営された。唐門、柿本人麻呂社など文化財も多い。

しばらくお祭り気分を堪能し・・・

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<  大 正 ロ マ ン 館  >

大正ロマン館を抜け・・・

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<  旧 三 宅 家  >
元禄元年(1688)に東方馬木地内に普請された300年を越える萱葺き屋根の九三宅家。鳥居立て形式の主屋。平成4年移築復元。

昔のまんまのたたずまいです

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ここを後にして再び駐車場へ戻ります。

モダンな建物ですが十六銀行です。↓
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帰りの道中で見かけた橋です。帰宅したら調べてみようかと・・・
愛車と一緒に記念撮影です。

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●ひとくちメモ
稲津の名所、名物の一つでもあるこの小里城大橋は、最大橋脚高79.5m、最大支間135m 、全長420m、という大きさの、国内最大規模のS字の曲線が特徴的な橋です。

【ドライブメモ】
・交 通 費 :東名春日井IC - 中央道瑞浪IC  950円 (片道)
・時   間 :1時間半

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2006年10月 3日 (火)

『長浜城と黒壁スクエア②』 ~2006年9月24日(日)~

長浜城を後にして続いて黒壁スクエアにやって来ました。

ちょうど昼も過ぎお腹が空いていたので・・・

まずはここ黒壁8号館で焼き鯖そうめんをいただきました。

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腹ごしらえをしぷらっと歩きます。

大手門通りです。

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ながはま御坊表参道をしばし歩いて見えてきたのが・・・

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< 大  通  寺 山 門 >
文化五年(1808)起工し、33年後の天保十一年(1841)落成した。総ケヤキ造りで、近世大型建築としては、県内屈指の名作である。

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< 本 堂 ・ 阿 弥 陀 堂 >

もと伏見城の殿舎であったが、大谷派本願寺が分立した際、御影堂として移されたその御影堂を承応年間(1652~1654)に当寺に移して本堂とした。

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●ひとくちメモ
慶長7年(1602)、教如上人(本願寺12世住職)は徳川家康より本願寺の分立の許可を得て大谷派本願寺(東本願寺)を興されました。これにともない長浜城の旧地に移っていた当寺は道場から無礙智山大通寺と号して発足しました。
大谷派本願寺第13世・宣如上人の長男霊瑞院宣澄が住職として入寺1639(寛叡16年)し、これを契機に当寺は彦根藩主・井伊直孝の援助を得て寺域の拡大をはかると共に、東本願寺より伏見城の遺構と伝えられる本堂や広間を譲り受け、寺観の整備を図りました。ここに当寺は真宗大谷派の別格別院として七千坪の境内を要し、名実共に当地方における信仰の要として今日に到っています。

大通寺を後にして、巨大万華鏡の看板が・・・

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しばらく歩いてJR長浜駅前へ。

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< 秀 吉 ・ 三 成 出 逢 の 像 >

そのまま駐車場まで歩き、家路に向かうことにしました。

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